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3度目の海外で、フランス長期留学へ


パリで油絵を習っていた時、ラウル・デュフィの「バラ色の人生」を模写しました。

1度目の海外は、パリへ2週間の短期留学、2度目の海外はパリへ1ヶ月の短期留学、そして3度目の海外はまたもやフランスで、今度は3年間の長期留学です。


私は本が大好きだったので、大学卒業後、学校図書館の司書として就職しました。通っていた大学では図書館司書資格が取れなかったので、他の大学の短期集中講座に通いました。2ヶ月間、日曜日を除く毎日朝9時から18時まで講習があり、3日に1日試験がありました。再試や追試はなく、すべての試験に受からないと資格はもらえません。大学の試験日と司書資格取得講座が重なったりして、結構ハードでしたが、無事に資格を取って、超氷河期でしたが幸運なことに念願の司書として働き始めることになったのです。


そんな中、こどもの頃から憧れていた海外で暮らしてみたいという夢は褪せることなく、むしろ膨らんでいき、悩みました。図書館司書の仕事は楽しいしやりがいもあるけど薄給です。近々結婚するとばかり思っていた彼から振られてしまい、実家も遠く、1人暮らしをしながらその時の就職先で働き続けるには厳しい状況でした。友達や家族、たくさんの人に相談しました。


しかし人生ピンチの時こそがチャンスの時なのです。

同じ大学出身でインドネシアで画家として暮らしている方の寄稿を拝見しまして、その方にもメールで相談しました。お忙しい中見ず知らずの私にお返事を下さり、「悩んでないで行ってこい」と力強く背中を押してくださいました。

私が相談した人全員が行けと応援してくれたのです。


そうして、フランスに3年間留学に行くことを決めました。


大学で同じフランス語学科だった同級生や、短期留学をした時に知り合った日本人の友達がパリに住んでいて、しばらく居候させてもらったり、本当に感謝しきれないほどお世話になりました。


ただし、2度の短期留学で、パリでは遊んでしまって勉強できないと感じたので、最初の8ヶ月はノルマンディー地方のルーアンの語学学校に通うことにしました。

Inlinguaというアットホームな語学学校で、規模が小さいのでみんなと友達になれましたが、8ヶ月という期間は長過ぎたように思います。

他の生徒たちは3ヶ月なり6ヶ月なりフランス語を習った後で、ルーアンにある国立製菓製パン学校、INBP(イー・エヌ・ベー・ペー)に入学したり、他の都市に行ったりしていました。

私は8ヶ月のルーアン生活の後で日本に一時帰国し、その後はパリ11区にあるAcadémie de Port-Royal というアトリエで、油絵とデッサンを習いました。

今になって思うと、油絵なんてアナログなことを習わないで、コンピューターグラフィックスとかやっていれば良かったなあとも思うのですが、陶芸も結構アナログなので、古いものや昔からあるやり方が好きなんでしょうか、私。

でも、人生何をするにも遅すぎるということはないと思うので、やりたいことがあれば、きっと後からでもするでしょう。


もしも海外で暮らしてみたいけど悩んでいる人がいたら、私は絶対行ってみるべきだと断言します。


©2019 Sayaka Ogawa Ceramics